自分の言葉に、「それっぽい」加工をしないでほしい
「あなたの言葉がそこにあるのに! それをそのまま書いてほしい。会社か? 学校か? ネット記事か? 誰に言われたか知らないけど、へんなそれっぽい加工をしないで」
直接話したことのある人の文章を見ると、こう思うことがある。
話していたなかで、一番面白かったところが削られて、ありがちな結論だけになっている
話していたときにあったフランクで独特な表現が、ありきたりな形容詞や熟語で、まとめられている
独特な語り口が、文体では消えてしまっている
などなど。
そういうときに、脳内でこのセリフを言うのは、なぜか自分ではなく、熱血漢な男性の教師みたいなイメージだ。
はて、誰だろう。ウェーブがかった髪で、黒板の前に立っている。
国語のT先生か…?
ませた女子校の中学生たちの興味をひくためか、なぜか教壇でハイジの曲を歌って踊ってくれることがあったT先生。
なんのタイミングで踊って、なぜハイジだったのか。そのあたりはまったく思い出せないけれど、片手をあげてスキップをしていた姿はよく思い出せる。
「きもーい」と言いながら、嬉しそうに笑う中学生女子たちの声も。
実はハイジの理由のみならず、具体的な授業内容はあまり覚えていない……。もう20年以上前のことだ。
ただたぶん冒頭のようなことは、言っていない。熱血系ではなく、穏やかな授業だったと思う。
でも、私のなかで、国語の先生といえばT先生だから、文章についてなにか思うことがあるとでてくるのかもしれない。
そうそう、先生は、受け持ってもらってから10年ほど経って、友人と学校に遊びにいったとき、「アルマジロの安村な」と覚えていてくれた。
アルマジロというのは、中1のときに好きな詩を暗誦して発表するという課題で、私が暗唱した詩のことで、毎年、一学年200人いる生徒の1人を、そんなふうに覚えているなんてすごい。
「アルマジロったら アルマジロ」という節の繰り返しと、「向こうになにかあるマジロ」「ちょっとでかけていくマジロ」とダジャレのような韻がつづく詩。
皆が中学生らしい、儚い美しさや意味のある詩を暗誦するなかで一人、幼稚園で読むような雰囲気の詩を選び、しかも上擦った高い声での暗誦があまりにたどたどしかったのか。
浮いてしまって、笑いが起こり、その後もしばらくいじられたのだった。
好意的ないじりだったので、まだ中学で友達の少なかった私に、アルマジロは良い効果をもたらしてくれた気がする。
笑われたとはいえ、「好きな詩」という観点で、大真面目に選んだ詩だ。
名古屋駅の駅ビルにある、市内で一番大きな三省堂の詩のコーナーに行った。
詩の棚の前を何度も行ったり来たりしながら、詩集の中身をぱらぱら見て、気になるものをいくつか重ねたなかから厳選したのが、この詩が収録されている『ふくろうめがね』だった。
20年以上経った今、読み返すと、やっぱりとても好きだと思う。
能天気な雰囲気かと思いきや、
韻を踏んだ最後は
「もう寂しくはないマジロ」
で締められる。
あらためて見返すと著者は、小学校の教科書にも載っていた「ふきのとう」をはじめたくさんのすばらしい詩を書いている(ついでに言うと、『鉄コン筋クリート』の松本大洋さんのお母様。知らなかった)工藤直子さん。
中学生の暗誦としては対象年齢を間違えた感はあるものの、いい詩なはずだ。
はじめの話に戻ると、アルマジロの詩は、短い詩という形式のなかで(だからこそ)、
一番面白いところしかないし、
フランクで独特な表現しかないし、
徹頭徹尾、独特な語り口だ。
「それっぽい」加工がされていないのはもちろん、書いた人しか持たない感覚と声の一番良いところが、研ぎ澄まされて集められている。
覚え続けられる詩って、そういうものなのだ。自由でストイック。
そんな文章、書けるものかなぁ。
いやいや、きっと誰だってそのポテンシャルは、あるマジロ。
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この文章は、同僚が翻訳版の編集をした(私も企画段階には参画して、日本語版を読むのを楽しみにしていた)『自分の「声」で書く技術』という本の手法の一部を、参考にして書きました。
まずは自己検閲をせずに、自由に書く。
気の赴くままに書いた文章の脱線と混沌のなかから「重心」を見つけ、でてきた要素を化学反応させてみる
仲間に読んで反応をもらい、自分の言葉の響きを確かめる。
この序盤部分を意識したかんじです。
自分の「声」のなかで人に響くのはどこかというのは、やっぱり自分ではわからないものなので、後半の「仲間とともに」部分も、またやってみたいところ。
(私もやってしまっているであろう冒頭に書いた「へんな加工」も、このプロセスでなくしていけるのではないかと)
先生がハイジを踊るあたりで、いつもだったら、話逸れたわと思ってやめているのですが。
意外と書いているうちにアルマジロの話を思い出し、つながっていったのでした。
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