パレルモ、村上春樹はさんざんに言っていたけれど
まずとにかく街が汚い。すべてがうらぶれて、色褪せて、うす汚れている。街を構成する建物のおおかたは一言でいえば醜悪である。そして街を行く人々の顔は無表情で、どことなく暗い。車が多すぎて、騒音がひどく、都市機能は見るからに貧弱である。
村上春樹がさんざんなことを書いていたから、まったく期待していなかったのだけれど、シチリア島の最大の都市・パレルモはいい街だった。
晴れていたからだろうか。
海辺の街らしい水色の空と建物の白い装飾のコントラストに、街歩きの足取りが軽くなる。

どちらかというと滞在中ほぼ雨だったナポリの街が、村上春樹の文章に近い印象だった。
ゲーテが「ナポリの美しい景色を見ないで死んだら、生きていなかったも同然」と言ったのはどんなニュアンスだったのだろうと思うくらい。

ただたしかに、晴れ間に、丘の上から見たナポリの街は、ゲーテの言うとおり美しかった。
村上春樹が行ったときから30年以上経っているから、街も随分変わったのかもしれない。ゴッドファーザーのグッズはたまに売っているけれど、マフィアも随分減ったらしい。
Airbnbのホストが教えてくれたレストランは、イタリア旅のなかでも一つ頭を抜けた個性とおいしさだった。
トマトペーストで味付けした、塩辛いイワシ団子。

貝の味が体験したことのない濃さのボンゴレ。はじめて体験するピスタチオのクリームパスタ。

スープというには具沢山すぎる、海鮮スープ。スープに載ったクルトンは、私の知っているファミレスの小さなクルトンとは全然違って、ガーリックオイルの塗られた、この上なくおいしいパンだった。

夕食前に立ち寄ったパラティーノ礼拝堂は、天井も壁も、ビザンティン風の金箔モザイクで埋め尽くされていた。
天使や聖人、聖書の物語の絵は、宝石のようで、30分ほどまじまじと見ていた。天井の装飾は、イスラム風だ。
それは、トルコのイスタンブールで見たアヤ・ソフィアのモザイクに似ていて、この島とトルコを行き来していた人たちが、1000年以上前にいたことを知る。

泊まったAirbnbは、100段の階段をのぼった最上階にあった。
階段は大変だったけれど、踊り場から差し込む光と路地から聞こえてくる喧騒が、この島を舞台にした映画『ニュー・シネマ・パラダイス』を思わせた。

そして、部屋にはいって、さらに階段をのぼった先のテラスから見える景色といったら。

まだらな土色の屋根と海、山、教会、カモメ。

夜になると、塔の上に満月が見える。この時期、この街は21時近くまで日が落ちない。

テラスのソファで毛布にくるまり、美しい満月を見ながら、夕方の一眠りをした。
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下書きにしたままだった1年前のシチリア旅行記。
今週はじめて会った人が、村上春樹で一番好きなのは『遠い太鼓』と言っていて、私もそうです~!と嬉しくなって、思い出しました。
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