布市場の恵比寿さん
ベトナムはわりとスリムな方が多いのだけど、その人は恵比寿さんのようなたっぷりとしたお腹をしていた。
上裸スタイル(こちらはわりとベトナムでは定番)に、貫禄がある。
短く刈った頭。首には、シルバーのチェーンに、iPadくらいのサイズのある象の牙がついたペンダント。
パンチのあるアイテムだが、貫禄からか、なんだか似合っている。
肩には、15cmほどの縫った跡。刺されたり、したのだろうか。
布市場が、思ったより扇風機がきいていて涼しいのに気づいたのは、先週のことだった。
近所の野菜や肉の市場は、本当に暑かったので、市場に赤ちゃん連れは無理だなと思っていた。
それが半ば観光地だからか、儲かっているからか、布市場にはやたら扇風機が多くてそうでもない。
これならさくっと決め打ちで買えばいけるかなと、抱っこ紐に娘をいれて、一緒に来てみることにしたのだった。
頭上高くまで布を積み上げた店が、ぎっしりと並ぶ。
布の間を歩きはじめるとすぐに、お姉さんに、「なに探してるの?」と声をかけられる。
「ジャージー素材はありますか?」と言うと、あるある、ついておいで、ということ。
布に囲まれた狭い通路に、お姉さんが入っていく。
奥までついていくと、いろいろな色と厚さのジャージー素材の歯切れをくくったサンプル集を渡される。
サンプルから欲しい布を探しあてるまでの間、お姉さんが笑顔で娘に話しかける。
娘が嬉しそうに笑う。
近くにいた店番の中年女性が、「この子、これ食べる?」とプレッツェルのようなお菓子を持ってくる。
まだ食べられないんです、とお礼を言う。
布の脇の低い椅子に座って、スマホで動画を見ていた中年男性が、動画に合わせて、急にこぶしをきかせて歌い出す。
娘がなんだろうと、ちらりと見る。
そこに現れたのが、刺し傷のある恵比寿さん的な男性だった。
布の山の脇にあるバケツの中のお茶(おそらく)を、ペットボトルに汲みにきたらしい。
お姉さんがベトナム語で、「見て見て、赤ちゃん」というようなことを恵比寿さんに言う。
満面の笑みで、娘を見る恵比寿さん。
同じくらい、満面の笑みを返す娘。
恵比寿さんはお茶を汲みながら、合間に娘に全力の笑顔。
娘も心から嬉しそうな笑顔。
ごついシルバーの指輪を何個もつけた指を、娘の顔の前でぱくぱくと動かす。
お腹の巨大な象牙が揺れる。
娘は脚をばたばたさせて喜んで、笑う。
色を決めてお姉さんに支払いをし、お釣りを待っている間、二人はしばらくにこにこしあっていた。
赤ちゃんだから向けてもらえる、赤ちゃんだから受け止められる曇りない笑顔って、あるなぁと思う。
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随分と間があいてしまいましたが、インパクト強めな人と会え、久しぶりに書くことができました。

ホーチミンで一番大きな布市場・タンディン市場
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