焼酎ハイボールのフェアリー

[日曜の窓辺からVol.68]素朴すぎるシンクロニシティ。
やすむ 2025.02.06
誰でも

焼酎ハイボール。

金色の缶が目印、宝酒造のチューハイだ。

夫はこれが大好きで、近所のスーパーでいつも買っていた。甘くない辛口の味と、親身な価格がいいらしい。

残念ながら、ベトナムには売っていなくて、サイゴンビールを飲みながら、ここに焼酎ハイボールがあったら、どんなにいいだろうとよくこぼしていた。

私はチューハイは飲まないけれど、それを聞くと、近所のスーパーで焼酎ハイボールとともに買っていた、お刺身ときゅうりを思い出した。

ホーチミンは海外にしてはかなりお刺身は入手しやすいし、きゅうりだってJapanese Cucumberと言って、日本らしいものがある。

それでも、日本のスーパーに比べれば、だいぶ高額で、青魚は少なく、大味。

きゅうりも悪くないけど、梅きゅうより、バインミーにはさまれるのが、本望なのかなという味だった。

だから、私たち夫婦は、

焼酎ハイボール、刺身、きゅうり

(状況によって、ごはんかそば、味噌汁、卵焼き、トマトなどを加える)

というかなり手軽で、わりとリーズナブル、しかし幸福度の高い晩餐を、

帰国後の楽しみにしていたし、帰国して半年経った今も、日本のスーパー最高だよねと毎回味わっている。

先週末、出かけた先で改札をとおりながら、夫がふと「今日は家でお酒が飲みたいなぁ」と言う。

毎日家で一杯はしているのだけれど、あらためて言うということは、あの黄金の缶に思いを馳せているのだろうな、と思った。

「いいんじゃない〜」と相槌を打つて、エレベーターに向かう。

大きな黒いリュックを背負ったおじいさんが、前に並んでいた。

ドアが開き、おじいさんについて、エレベーターに入る。

そのとき、その人の手で、見慣れた金色のホログラムが光り、はっとする。

焼酎ハイボールだ。

しかも、開栓済み。もう飲みはじめている。

エレベーターに乗ると、おじいさんは、そっと缶に口をつけた。

私たちが、ベビーカーをおしていたから、配慮したのだろうか。

少し肩身が狭そうに、背中をまるめ、肩を上げて、私たちにできるだけ見えないようにしている。

それでも、小さな声で、「あ〜」と声が漏れ聞こえてくる。幸せそうだ。

エレベーターから降り、おじいさんが歩いていったのを見届けて、夫と顔を見合わせた。

「今の人、俺の心!?」

「願望、具現化させたのかと、思った」

「焼酎ハイボールのフェアリーかな」

笑って電車に乗ると、ベトナムに行く前に住んでいた駅で、見慣れた袋を持った人が乗ってきた。

いつも焼酎ハイボールとお刺身を買っていた、近所のスーパーの袋だ。

約2年ぶりに見る、馴染み深い豚のキャラクターに、また夫と顔を見合わせる。

その晩は、お刺身と、もちろん焼酎ハイボール、あの頃から増えた新メンバー娘の焼き魚も用意して、晩餐を楽しんだ。

シンクロニシティ。心が望む夢に一歩踏み出すとき、突然に、連鎖的に起きるもの。
ジョセフ・ジャウォースキー(著), 野津智子(訳), 金井壽宏(監訳)『シンクロニシティ』

心から望んではいただろうけど、本を読んでイメージしていたものとはちょっと違う(笑)。

でも、もしかしたら、こういう幸せな日常が続くことを望むいう意味では、案外しっくりくるかもしれない。

そういえば、私は焼酎ハイボールを飲んだことがない。

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