バイク優先社会へようこそ
「人を轢きたいとは、みんな思ってないから。ゆっくり歩けば大丈夫」
日本からの夜便で到着した翌日。ベトナム・ホーチミンでのはじめての夕食は、先に半年ほどベトナムで暮らしていた夫が、どこかに連れていってくれるだろうと気を抜いていた。
それががちょうど、夫にどうしてもはずせない接待がはいり、一人で教えてもらった麺屋さんに行くことにした。
家から、明るい大通りを徒歩10分。スリさえ気をつければ、女性の一人歩きも心配ないらしい。
ただ「道を渡る」のが、難しいかもしれないと、夫は言った。この街の大通りは、信号が少ないのだ。それで冒頭のアドバイスだ。
以前住んでいたトルコや、旅したタンザニアにも、信号がない大通りがあった。
そのときに学んだ渡るときのコツは、びびらず「私通りますけど?」と堂々と権利を主張するかんじで歩くことだった。
夫の言葉にあるとおり、ゆっくり歩くのも肝心だ。走って渡ると、事前に気付いてもらえない可能性がある。
少し久しぶりだけど、「経験があるから、大丈夫」と言って、夫を見送った。
午後7時半、そろそろお腹がすいたなと外に出る。
噂には聞いていた。「水曜どうでしょう 原付ベトナム縦断1800キロ」で、大泉洋が驚く映像も見ていた。
それでも、実際に間近で見ると、この街のバイクの量はすごい。そして、昼間よりさらに夜の方が多いらしい。


目的の麺屋に行くには、絶え間なくバイクが通り過ぎる環状のジャンクションを2回渡らなくてはいけない。
信号はないし、道に横断歩道の模様はあるが、そこでバイクや車が減速する気配はない。
あれ、できると思ったのに、渡り出せない。なかなか踏み出せずにいる様子を、バイクから不思議そうに見られている気がする。
このままでは、土地に慣れていないカモだとばれて、スリにねらわれてしまうかもしれないと、心配になってくる。
トルコやタンザニアでは、できたのに。どうしよう……あのときのことを思い出せ。
そこで、気づく。あのときの経験と、決定的に違うところがあった。
私以外、徒歩で道を渡っている人がいない…!
すべての人は、バイク(たまに車やバス)で、この道を往来している。
トルコやタンザニアでは、慣れた地元の人にすっとついていく形で、私は道を渡っていたのだ。トルコにはしばらくいたので、地元の人をマネして、タイミングをはかるコツも学んだ。
それが、この街では通用しなかった。
ベトナムは「バイク社会」と聞いていたけれど、それは「車より、バイク」なのではなく、「車より、徒歩より、バイク」であるらしい。
横断歩道であっても、みんな減速しない。そこを渡る歩行者が、めったにいないから。
とはいえ、麺を食べたいという執念で、勇気をだして、ゆっくり横断歩道を歩いた。
たしかに、人を轢きたくない運転手たちは、減速してくれた。
それでも信号で守られた日本生活からでてきたばかりの身には、ありえない距離とスピードでバイクが近づいてくるのは、なかなかひやひやする体験だった。
辿り着いたのは、「フーティウ(Hủ Tiếu)」というフォーの細い版のような麺の店。ベトナム南部の名物だ。

まったく言葉も食べ方もわからないなかで、食事をするのは、いつ以来だろう。
このわからなすぎるかんじ。これこれ!とわくわくする。
いろいろわかりすぎる(そのぶん、ちゃんとできないといけないというプレッシャーが、どこかある)母国生活を抜け出して、わからなくて当たり前の世界の解放感へ。
麺と一緒にきた生野菜は、きっとトッピングだ。でもそのあとに、さらに茹で野菜がきたのは、なぜだろう。これもトッピングだろうか。なにかオーダーをまちがえたのかもしれない。
正解はわからないけれど、生野菜も茹で野菜ものせて、食べてみる。かなりおいしい。
スープ、野菜、トッピングのエビと肉、どれもおいしく、かつマリアージュしている。麺にコシがあるのもいい。
これは汁なしバージョンも食べたい。
「一人で来たのか?」「おいしい?」「この野菜、載せる?」「全部食べたのか、おいしかったかい?」
おそらくそんなことを言っていたであろう(すべて想像だが、にこやかだったので)店員のおじさんと、次回はベトナム語でコミュニケーションをとりたいと思う。
これからバイクの間を横断する技を、鍛錬するしかなさそうだ。
【執筆後記】
このときから3週間。私が出かけた時間は、ちょうど帰宅ラッシュで、かつホーチミンのなかでもハードモードなジャンクションだったことがわかってきました(笑)。
たまにいるベトナムの歩行者の方も、わりとしばらく待ったり、ためらったりしてから、渡っていることも。
そんな事情もわかってきて、もうちょっと歩行者優先にしてほしいなぁと思いつつも、バイク優先社会に慣れてきた最近です。
行ったお店は、フーティウの人気店Hủ Tiếu Nam Vang Thành Đạt。ホーチミンにお越しの際はぜひ(私は近すぎて徒歩で行ったのですが、タクシーで行くことも、もちろんできます)。
汁なしもおいしかったです。

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