ベトナムの若きオタクたちと、ゴスロリの思い出

[日曜の窓辺からVol.40]オタク活動には、他とは違う多幸感がある。
やすむ 2023.08.06
誰でも

映画館に行ったら、映画『THE FIRST SLAM DUNK』のキャラクターたちの等身大パネルのまわりに、人だかりができていた。

人だかりはどうしても顔が映ってしまったので、パネルのみの写真です

人だかりはどうしても顔が映ってしまったので、パネルのみの写真です

若者が50人ほど、輪になって盛り上がっている。キャラクターと同じ赤いユニフォームを着た人も多い。

輪の真ん中には、マイクを持ったベトナムの若者がいたが、まわりのオタクたちとの距離も近く、映画や原作の制作関係者でもなさそうだ。

ベトナム語でわからなかったが、みんなしきりに歓声をあげ、お祭り状態だった。

ベトナムでのスラムダンクの公開は4月。5月末にはホーチミンでの公開は終わっていたのだけれど、どうやら7月末のこの日、限定で再上映したらしい。

輪には、主人公の桜木花道のお面をつけた人が何人もいる。

「炎の男 三っちゃん」と日本語で書いた大きな旗をはためかせる学ランの集団も(三っちゃんとは、主要キャラクターの1人、三井の愛称)。

白いワンピースにヴェールというウェディングドレス的な出立ちの女性も、多かった。

なんだろうと思って見ていたら、1人の花嫁が、等身大パネルの流川(サブ主人公的な立ち位置のイケメン)と、ツーショットを撮りはじめた。推しとの結婚写真を撮りにきているらしい。

そういえば、映画を見たときも、前の席の女性が、流川のプレーを祈るようなポーズで見守り、シュートをいれると黄色い声をあげていた。

10代、20代に見えるファンたちは、そこまで広くもない映画館のチケット売場の前で、声をあげ、写真を撮り、本当に幸せそうだった。

***

彼女たちを見て思い出したのは、10代後半から20代にかけて通った、バンドのライブ会場だ。

ライブがはじまる何時間も前から、オタクたちは会場のまわりに集まる。

売り切れる前にグッズを買うという目的もある。

でも、多くの人は、大好きなバンドの話を、ファン同士でここぞとばかりにできるのを楽しみにしていた。

普段、友人に話すとひかれる熱量も、この場なら共有できる。

手づくりのファングッズをつくって配る人もいるし、それこそ旗のようなものをはためかせている人もいた。

メンバーのコスプレの人もいる。

コスプレでなくても、ゴシックなバンドの世界観に寄せた格好をして、皆集まっている。

17年前、19歳のとき。

いつもライブに一緒に行く友人と、「今回は、私たちもゴスロリに挑戦しよう」と決意した。

普段は普通の大学生的なファッションだったので、当時は勇気がいることだった。

でも、ひらひらのゴスロリファッションで、ヘドバンするお姉さんたちへの憧れもあった(今思うと、ちょっとおもしろい)。

竹下通りで、はじめてゴスロリの服を一式、買った日のことは、忘れられない。

「これ大丈夫?」「似合う似合う」と笑いながら、試着したこと。

どきどきしながら着替えて、ライブ会場の代々木体育館へ走ったことも。

もちろんライブの本編は、本当に楽しみだった。

でもあのころ私たちは、そのまわりで起こる、日常とは少し違うおしゃべりや装いに、盛り上がっていたように思う。

花嫁姿でパネルと写真を撮りあい、けらけらと笑うベトナムの若者たち。

彼女たちを見て久しぶりに、満面の笑顔で早口でしゃべっていた友人と自分を思い出した。

——

ベトナムはわいわい元気な若い人が多いからか、なんだか日本にいるときよりも、年寄りな気持ちの文章になります(笑)。

もしくは、高齢社会の日本にいるときが、年齢のわりに若いつもり過ぎるのか……。

この日は、是枝監督×坂本裕二さんの映画『怪物』(まさかの嬉しすぎるベトナム公開)を見て、しっとりした気持ちになっていたので、テンションのギャップがより際立ったのかもしれません。

▼『怪物』の感想と最近の日々

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