ベトナム麺紀行

[日曜の窓辺からVol.30]ダラット高原のアシュラム滞在記その3、ベトナム麺への愛に気づく。
やすむ 2023.04.19
誰でも

アシュラムのビーガン・メニューは、毎回変わった。

朝はおかゆやオートミールのこともあるし、スープにはいっている野菜や、豆腐の炒め物やごはんも、少しずつ変わる。日に一度か二度、フルーツも一切れもらえる(品切れ前にとりにいけば)。

ただ基本は、茹でニンジンや小松菜の素材の味。物足りなくていれる醤油の味が、印象に残った。

本で読んだインドのアシュラムでは、ミルクチャイがでてきていたけれど、ここは生姜湯だった。

生姜湯を飲みながら、金属のカップにはいった温かくて少し甘いミルクチャイを想像する。

たくさん噛んだら満足度が増すだろうと、もそもそと食べていたら、「えーと、here ok?」と前の席に小柄な女性が来た。

「Of course……あ、日本の方ですか?」

見た目では、お互いベトナム人なのか、日本人なのか、はたまた韓国人なのかわからない。でも、「えーと」というのは、日本人だろう。

「あ、日本の方でしたか!」

朗らかな雰囲気の(「朗らかであること」はアシュラム生活の決まりでもあるけれど、もともと朗らかでもありそうな)女性は、1ヶ月間の講師養成プログラムに参加するために、日本から来たのだという。

私は4泊5日のバケーションプログラムで来ていて、ビーガンの食生活もはじめてだと話す。彼女は日本でもできるだけ肉は避けており、今回のベトナム滞在はすべてこのアシュラムで過ごすらしい。忙しいが、充実していると言った。

「それに、ベトナムのごはん、おいしくて安心しました」

「ですよね、私もコムタムが大好きで。ブンボーフエも……」喜びとともにそう答えそうになって、彼女のいう「ベトナムのごはん」が、目の前のビーガンフードを指していることに気付き、口を閉じた。

たしかに、ここダラットの野菜は質がよく、豆腐もしっかり豆腐らしい味がする(ので好きな人は嬉しいと思う)。

でも、ベトナムのごはんは、様々で、香りが複雑で、お肉や魚介を隅々まで使っていて……

閉じた口が引き金になったように、その晩私は布団のなかで、ベトナムの食文化に想いを馳せることになった。

***

ホーチミンで食べたフーティウ

春雨のような細い米麺を、甘めのスープで食べる南部の名物麺。ライムをかけて、野菜とともに食べる(ベトナムの麺にはだいたいライムと野菜盛りがついてくる)。

汁なしのものもあって、こちらは麺にスープの味がついていておいしい。

フォーやブンといった他の米麺よりコシがあるのも、嬉しい。

トッピングはお好み次第だが、ベトナム到着翌日に食べたエビと豚肉、うずらの卵が載ったものは、魚介と肉は一緒にこんなにおいしくいられるんだと思った。

ダナンで食べたミークアン

中部の都市ダナンの名物料理。きしめんのような幅広の麺に、骨付き肉や薄切り肉(鶏、豚、カエル)、エビ、ターメリック、ピーナッツを載せた汁少なめの和え麺。

たくさんの野菜と胡麻煎餅と一緒に食べる。

ダナンは野菜もおいしく、香りがいい。ここではじめてミントはプリンの飾りではなく、おいしいものであると気づいた。

名古屋人としては、このきしめんっぽさがたまらない。一番の推し麺。

江戸時代初期、貿易が栄えた頃に、日本から伝わったものが起源だという説もあるから、本当にきしめんとは生き別れの兄弟のようなものかもしれない。

これは帰省中に食べた、素朴で好みなきしめん。

これは帰省中に食べた、素朴で好みなきしめん。

写真はダナン大学卒の夫の同僚にすすめてもらった、ダナン大学の目の前の店のもの。

ホーチミンでも食べているけれど、まだ良いミークアンには出会えていない(東京で納得いくきしめんに出会えたこともない)。

ハノイで食べたブンチャーハノイ

米麺ブンと、肉と肉団子、揚げ春巻を、甘酸っぱいヌクマムと漬物につけて食べる。もちろん、野菜とともに。

涼しいからから、北部にある首都ハノイもダナンと同様、ホーチミンより野菜がおいしい。

路地に並んだ網で焼かれた肉と肉団子に、ハーブの香りが合う。

大沢たかおが「エビフライは、タルタルソースを食べるための棒」と言ったように、不思議とこんがりおいしい肉がハーブを楽しむためのものに思えてくる。

フエで食べたブンボーフエ

ベトナム生活3ヶ月現在、一番の衝撃は、古都フエの路上で食べたブンボーフエだ。

旧正月で多くの店が閉まっていたこともあるだろう。それを差し引いても、その店は(店といっても歩道を大幅に占拠してテーブルと椅子を並べた一帯)人でいっぱいだった。

当時まだベトナム来て3週間目。排気ガス溢れる車道のすぐ横、アスファルトに直接箸や食器を置いて洗うさまに、少しの不安を覚えながら麺を待つ。

ホーチミンに住んでいるベトナムの人たちから、「フエのブンボーフエは違う」と聞いていたから(ホーチミンのブンボーフエもおいしいと思っていた)、期待度は高かった。

そして届いた麺の、スープを一口。夫と顔を見合わせた。濃い魚介出汁に、おそらく肉の出汁もまざっている。

そして、はいっているトッピング、骨付き肉、レバー、血豆腐(豚の血を固めたもの)、魚のつみれのそれぞれ個性といったら。

出汁も具も、新鮮な素材を使っているのだろう。肉が少しレアで心配になったが、それがまたおいしかった。

ハーブを載せると、これがまたこってりとしたスープや具にちょうどいい。

『美味しんぼ』だったら、主人公の山岡士郎と同僚の栗田さんが、その味の玄妙さや豊かな香りを、饒舌に説明してくれるだろう。

博多の人が、「東京では博多ラーメンのスープは、再現できんばい」(?)というのは、こういう感覚だろうか。

***

制限されているからか、味の記憶はどんどん蘇る。脳内でそのおいしさを言葉で描写し、プレゼンする自分が登場する。

「早く帰ろうよ。ベトナムの豊かな食文化を一日でも多く堪能しよう」

ここまで自分が、肉や魚から離れられない人間だったとは……。

翌日、また醤油味の茹で野菜を食べると、麺への思いが高まる。「ブンボーフエ」とつぶやきながら(数少ない正しく発音できるベトナム語)、敷地内の森を歩き、部屋に戻る。

ドアを開けると、1人で使っていた4人部屋に、3人の人が来ていた。

今日から私と同じバケーションプログラムに、友人同士で来ているのだという。ホーチミンから来たベトナム人の3人組だ。

一番大柄な女性が、フレンドリーに話しかけてくれて、お互いの出身地の話になる。

「私はフエ出身」

「フエ! 1月に行って、ブンボーフエに感動したところ!」

つい言葉にしてしまってから、あ、この人もビーガンかもしれないと気づく。

「フエのブンボーフエ、いけるくち? 出汁の味が濃すぎて苦手だっていうベトナム人も、ホーチミンには多いんだよね。私は実家に帰ったら、1日に5杯食べるけどね!」

「5杯…!? 夫も私もあのフエの濃い味が忘れられなくて、ホーチミンで探してる」

「いいね! フエでは、貝ごはんも食べた? 私はあれも大好きで、一回に2、3杯は食べる!」

ベトナムは少食の人が多く、ベトナムではじめて会った食いしん坊だった。まさかこんな場所で、こんなタイミングに出会うなんて。次回は絶対、貝ごはんも食べよう。

私の欲望を具現化したような彼女に、ホーチミンでおすすめのブンボーフエ屋さんを教えてもらった。

(つづく)

———

肉と野菜の使い方については、ごはんもの、ライスペーパーもの、小麦粉もの、それぞれで感動したものがあり、それらにも思いを馳せていたのですが、長くなるので、麺部門のみとしました。

ベトナムには、フォーはもちろん、ブンリュウクワ、カオラウ、ミエンなど、まだ様々な麺料理があります。

ただ今回挙げたものほど感動したものにはまだ出会えておらず(いい具合に日本人向けになっているのか、フォーは今のところ高円寺の店がベスト笑)……、引き続き探求していきます。

ブンボーフエに感動した夫は、「ブンボーフエ/[名詞]“真実の愛”を意味する」と書かれたTシャツを、替えも含めて2枚買った。

ブンボーフエに感動した夫は、「ブンボーフエ/[名詞]“真実の愛”を意味する」と書かれたTシャツを、替えも含めて2枚買った。

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