2匹、ローマのエノテカで

[日曜の窓辺からVol.51]妊娠がわかった日に行って、悶々としたイタリアでのこと。
やすむ 2023.12.31
誰でも

食べられそうなものは、ミートボールとリガトーニくらいだった。

牛肉のタルタル、チーズのセレクション、燻製した生ハム、スモークサーモンと卵のサラダ、桜色にソテーした肉とドライフルーツ、パルメザンチーズのかかったパスタ。

私が好きな食べ物は、妊婦が食べてはいけないものばかりだったらしい。そして、ここイタリアは、それらを世界で一番おいしく食べられる場所だ。

最高強度のお預け状況だった。そのうえ、喉も痛くなってきた。

妊娠が発覚したのは、イタリア行き当日の朝だった。

もしかしたらと思って妊娠検査薬を使ったら陽性で、そのあと急いで産婦人科に行った。

産婦人科医の先生は、爽やかなグリーンの柄のはいった白いワンピースを着た、ベトナム人の女性だった。

エコーの映像を見せながら、先生は「nice」と笑顔で言って、しっかりと子宮のなかに子供がはいる袋があるのを見せてくれた。

嬉しいようで、エコーの画像が自分のものだということに、まだ実感がわかない。

臓器に関する英単語がいくつかわからなかったけれど、順調であることはわかった。

「実はこのあとイタリアに行くのですが、行ってもよいものでしょうか。今、頭も少し痛くて……」

と恐る恐る打ち明けると、

「まったく問題ないですよ。イタリア、美しいところよね!」

と明るく返ってきた。

「あの、気をつけることとかは……」

「血栓が普段よりできやすくなってるから飛行機では、たくさん水を飲んで歩いて。あとは食べ物に気をつけるのと、頭痛は一応血液検査で感染症にかかっていないか見ましょう。楽しんで!」

血液検査の数値は多少高いものもあるが、「no worry, enjoy your trip!」ということで、先生の言葉を信じてイタリアに来た。

普段の私は、けっこう体力自慢だ。海外でも滅多にお腹を壊さないから、わりとなんでも挑戦的に食べる。20時間以上の移動だって、もちろん疲れはするけれど、寝たり映画を見たりすれば耐えられるし、到着後にしっかり目的地を楽しむ自信がある。インフルエンザの夫を看病しても、うつらなかった。

それが妊婦というのは、随分脆弱になるらしい。食べられないものだらけだし、移動はいつもよりどっと疲れたし、頭痛がある。

そのうえ、風邪をもらったのか、喉まで痛くなってきている。

トランジットの空港で、「妊娠初期 旅行」と検索すると、知恵袋的なサイトで、旅行前に悩む妊婦の投稿がでてきた。

回答を読むと、先生の即答とはまったく違い、「ありえない!」と怒りとともに、先輩妊婦から長文のお説教が多い。

妊娠初期に起こる問題は遺伝的なものが多いから、旅行しようが安静にしようが関係ないという人が、ぱらぱらとまざっているものの、大半はお叱りの回答だ。

ネット上でお説教する人は嫌いだけれど、自分は誤った選択をしてしまったのではないかと、心配になってくる。

私も知恵袋に投稿したら、「あなたは日本人なのに、ベトナムの医師の言葉だけで判断したんですか? 普通に考えたらわかるでしょう」などと言われるのだろうか。 

楽しみだった食べ物も、食べてはいけないものだらけらしく、ひやひやする。

なんでも食べられる夫に、嫉妬心が湧く。

(実際には、私に合わせてカルパッチョやらいろいろ我慢していた。イタリアにずっと憧れて、とても楽しみにしていたから、かわいそうなことをしたと思う)

ホーチミンに比べて、随分と涼しく、過ごしやすい夜。エノテカのテラス席のすぐ横では、散歩中の犬の飼い主たちが、立ち話をしている。

おとなしくしていた黒いラブラドールレトリバーが、不意にわんと吠えた。

しばらくすると、エノテカの黒いエプロンをつけたギャルソンが、なにかを持ってでてくる。

犬に近づくと、笑顔でなにかをあげているようだ。犬は満足そうにそれを食べ、飼い主も笑顔で見守っている。夜のお散歩中の定番アクティビティなのだろうか。

子供の頃、ディズニー映画『わんわん物語』で、野良犬のトランプがスパゲッティ屋に、ミートボールをもらいに行く場面が大好きだった。

ここローマでは、それを本当にしている人と犬がいるなんて。少し気持ちが上向く。

私たちのテーブルに運ばれたミートボールは、とてもおいしかった。ワインのかわり飲んだ、桃ジュースも。

カルボナーラは、Googleの検索結果をいくつも開いて、熟読してから食べた。

半熟卵とパルメザンチーズがのっていないから、OK…? ベーコンはパンチェッタだと、リスクあり?

それなら、これは大丈夫そうか。おそるおそる食べたパスタは、卵と塩気の強いクリームが絡んでいて、格別においしかった。

火が通っているとは思うけれど、やたらおいしいと、なにかがフレッシュなんじゃないかと、また心配になってくる。

こんなに心配になるなら、体調を崩すなら、ホーチミンでおとなしくしていたかった。イタリアになんて、来たくなかった……。

悲しい気持ちで道路を見ると、別の犬の散歩をする人が通るところだった。

リードに繋がれた2匹は、全然サイズが違うわりに、ちゃんと横並びで足取り軽く歩いている。

一匹は茶色の短毛のダックスフンド。8歳から18歳まで、一緒のベッドで眠り、10代の悩みを打ち明けていた飼い犬とそっくりだった。ぴょこぴょこと歩く姿も、似ている。

 

もう一匹は、ボーダーコリーだろうか。灰色に黒いまだらの模様、胸元と尻尾の先の白い毛が、今年のはじめに死んでしまった実家のコーギーにそっくりだった。歩くと白い尻尾の先が揺れる後ろ姿も。

コーギーが実家に来たのは、ダックスフンドが死んでしまったあとだから、2匹が一緒に散歩したことはない。

性格がまったく違う2匹だから、一緒に暮らしていたら、仲が悪かっただろうねと、家族でよく話していた。

その2匹(のような2匹)が、仲良さそうに並んで歩いている。私はその後ろ姿が、暗い道の向こうに消えるまで、じっと見ていた。

不安な気持ちになっている私に、2匹が「大丈夫だよ」と言いにきてくれたように思えて、少し涙が出た。

——

結局イタリア旅行期間中は火の通ったパスタやパンを食べ(レストランで妊娠しているというと、メニューを調整してくれると途中で気づいた)、Airbnbでゆっくり過ごしました。

宿選びが趣味だったのが功を奏し、ごろごろしているだけでも、イタリアのインテリアを楽しめたのが、よかったところ。

ただ途中からつわりがはじまり、その後半年ほどパスタは食べられなくなりました(笑)。

こんなかんじではじまった妊娠期間でしたが、今週無事出産できて、ほっとしている2023年の終わりです。

みなさま、よいお年をお迎えください🌟

弟夫婦が送ってくれた犬たちと娘。

弟夫婦が送ってくれた犬たちと娘。

▼そんなこんなで、インドア&ダウナー気味だったイタリア旅行記

▼その後のつわり記

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